事務所 ほんまごめん

ほんまごめんのお気持ちでメモ程度に書きます

下積み時代が長かったジャニーズ KAT-TUN編

 

デビューまでの道のりは百人百様

 

グループを組んでいるけど、単独でコンサートをしているけど、オリジナル曲があるけれどデビューはしていない。ジャニーズにおけるデビューは、一般の方が想像するデビューとは異なるかもしれません。ジャニーズにおけるデビューは「CDデビュー」を指します。今年1月にデビューしたSnow Manは、それまでデビューまでの期間が最長だったKis-My-Ft2の結成6年を超え、結成8年でのデビューでした。今回はデビューまでの道のりが長かったKAT-TUNの上田くんとKis-My-Ft2の玉森くんのはなし

 

 

デビューまでのKAT-TUNの歴史

KAT-TUN は2001年4月『ポップジャム』(NHK)にて、番組の司会を務める堂本光一くんの専属バックダンサーとして結成します。※結成日に関しては諸説あり前月のMステ説が有力ではあります。

 引用:『ポップジャム』SUPER STAGEからTHE DIVA DANCE

 引用:『ポップジャム』SUPER STAGEから情熱フラメンコバージョン

 

KAT-TUN をあまり知らない方には意外に感じるかもしれませんが、彼らはかなりKinKi Kidsに影響を受けたことを公言しています。

(中丸くん)ボク、KinKi Kidsの楽曲からかなり影響を受けていまして、ライブとかでもソロ曲を作るときはなんかKinkiっぽい曲を(リクエストしたり)、衣装も光一くんぽい感じで(リクエストしている)光一くんのカチッと、こんな感じでと希望して笑

引用:ザ少年倶楽部プレミアム2014年12月17日

 

亀梨くんにおいては、デビュー前に堂本剛くんに自らお願いをしてソロ曲を作詞作曲してもらいます(『離さないで愛』)。上田くんはKinkiが出演していたドラマを全部見ていたそうで、かなり影響を受けたと話しています。

 

また、彼らのファンもKAT-TUNがキンキの14枚目のシングル『カナシミ ブルー』までバックダンサーを務めていたので、キンキの初期の歌はほぼ歌えるという現象が起きていました。(SixTONESのファンがKAT-TUNの曲を歌える事と似ていますね)

 

ジュニアの頃のKAT-TUN

KAT-TUNがなかなかデビュー出来なかったのは人気がなかったからなのか?というと、そういうわけではないんですよね。誤解を恐れずに言えば、ジュニア史上1番人気のあったグループだったと思います。初の単独コンサートの応募は55万人(今とは違い応募に手数料が発生、転売ヤーもそれほどいなかった時代であったことを考えると驚異的な数字)、1日11回公演(これは意味わからん笑)、亀梨くんは『ごくせん』『野ブタ。をプロデュース』に出演、2005年にはLIVEツアーDVDが当時の音楽DVD史上3位となる初動12.9万枚を売上げ、そしてデビュー前アーティストとしては史上初の東京ドームでのコンサートを成し遂げます。すべてデビュー前のことです。デビュー前にドーム?つーこさんからドームをしたいなら円盤が売れなきゃ無理と言われているあのドームですよ……。結成時してすぐに人気があったKAT-TUNでさえ、デビューまで5年かかりました。

 

 

後から結成されたNEWS、関ジャニ∞が先にデビューした時、上田くんは…

2003年11月にNEWSがデビューしたとき、上田くんは「おめでとう」と思ってはいたそうですが、NEWSのバックについてサポートをすることがわかったときは「え!?」と思ったそうです。上田くんはデビュー前から人気があったのに、別の道も考えていました。

(上田くん)デビューできないグループだっていくらでもある。グループの旬みたいなのってあるから。実際、ライブをやらしてもらったのは、NEWSや関ジャニ∞より早かったんだと思うんです。なのに、ふたグループが先にデビューしていった。最悪の場合もあるなって思ってました。

引用:MYOJO 2012年8月号

上田くんが最後にやめようと思った時は

(上田くん)大学受験をしようとしたとき。まわりから、「デビューはしてないけど人気あるんだから、受験する必要あるの?」って言われたこともあったんです。でも、「じゃあ、このグループがうまくいかなくなったとき、俺の人生の責任を誰が取ってくれるの?って思っていました。

 引用:MYOJO 2012年8月号

大学よりもKAT-TUNへの道を選ぶ

(上田くん)本気で受験しようと思ってたんです。受験日が決まって「この日受験だから、仕事入れないでください」ってマネージャーにも言って。でも受験日が光一くんが司会をやってた『ポップジャム』の最終回と重なって。しかも、収録が北海道だった。迷いましたね。人生の岐路だったと思います。迷ったけど、俺はKAT-TUNを選びました。ある意味、覚悟を決めて。その選択があったから、今があると思います。

 引用:MYOJO 2012年8月号

KAT-TUNを選ぶと決めた『ポップジャム』の最終回

 

 

 

引用:『ポップジャム』SUPER STAGEファイナル

 

今のジュニアへのアドバイス

(上田くん)こういう立場だから言えるのかもしれないですけど、今のJr.にも、思うようにやってほしいな。それでだめだったらしょうがねーよって思う。こうしたらデビューできるってマニュアルはないから。自分が思ったことを後悔しないよういやるしかないんです。こうしたらよかったらなって後悔するくらいだったら「このスタイルでいくんだ」って、自分が決めたことを信じて完全燃焼してほしい。完全燃焼してダメだったら、しょうがないって思えるはずだから。俺も、その覚悟はあったから。

 引用:MYOJO 2012年8月号

 

「こうしたらデビューできるってマニュアルはない」ってホントそうだよな…。デビューできる実力が備わっていても「運」というか事務所の方針(財政状況もね…)あるし、メンバーが抜けてグループが空中分解していつのまにか消滅することもあるし、本当に厳しい世界だなと。

 

実は、KAT-TUNは他のグループにデビューを先越されたときにジャニーさんに、「どうして?」って聞きに行ってるんですよね。その時は「YOU達のこともちゃんと考えてるから」と言われます。諸説ありますが、KAT-TUNのデビューが遅れたのは、彼らがやんちゃだった為、事務所がメンバーが成人するまで待ちたいという思惑があったと言われています。

 

上田くんは今まで挫折を感じたことはあるのか?

(上田くん)うーーーーーん。ないなあ。ないです。「あーぁ」って思うことはありますよ。いろんなことで。でも、心は折れてないから。挫けて折れるから挫折なんですよね。俺、挫折って思ったことないんです。思い通りにいかなかったこと、かなわなかったこと、いくらでもあります。でも俺はまだがんばれる。今、ダメでも、半年後、1年後には、その夢がかなえるよ。もっともっと努力してって思うから。「もうダメだ」って心が折れた時が挫折だと思うんですよね。

 引用:MYOJO 2012年8月号

ファンへ感謝を語る

(上田くん)今の僕があるのは、ファンの存在が一番大きいです。俺の2回目のソロライブは、KAT-TUNのライブと、1日違いだったんですね。俺のライブは急遽決まって。こんなに急で、ファンの人来てくれるか不安でした。それでも大勢、来てくれて。MCで「昨日のKAT-TUNのライブも来てくれた人?」って聞いたら、かなりの人が手を挙げてくれたんです。よく来てくれたなって感動しました。支えてもらってるありがたみを実感して。この仕事を選んでよかったって。俺たちの仕事って素敵だなって思うんです。応援してくれる人たちが楽しい気分になったり、気持ちをプラスの方向に向けられたりする。そんな力が、自分にあるんだって。ライブをやったら、何万人も喜んでくれるんです。みんなの笑顔を見てると、このステージに立ててよかったなって心から思います。

引用:MYOJO 2012年8月号 

 ん??オタクは喜んで行くんだけど、来てくれたことに感動してくれる上田くん

 

 

上田くんはこのMYOJOのインタビューで「演技をつきつめていきたい」と語っていましたが、2014年に蜷川幸雄さん演出『冬眠する熊に添い寝してごらん』で主演を務め、蜷川さんからべた褒めされます。ちょっと売れてる人には僕は意地悪だから褒めないという蜷川さんから「才能あるなお前」と褒められるんですよね。そして、2020年からは『Endless SHOCK』でコウイチの相手役に抜擢され、活躍の場を広げています。上田くんの今後の活躍を見届けたいところではありますが、チケット取れる気がしません!!

 

長くなってしまったので、玉森くんは次回